みどりの言の葉

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日常で旅を

やっと重たいところから抜け出してきたので、珍しく活動的に過ごしたある1日。

仕事明けて髪を切りに行く。バッサリと。美容師さんが躊躇ない人で、ためらいもなく切ってくれる。
「こんなに切りましたよ」って言われるけど、もう髪が長いことになんの気持ちもなかったから、「そうですか。そうですよね。もっと、うわぁとか言わないといけませんねぇ」とか言ってみる。もうさっぱりなんだ。必要ないものはいらないんだ。

それからプラネタリウム見に池袋へ。「銀河の輝き 天の川」です。流れてくる音楽にやられて、解説ほとんど聞けなかった。予想を裏切った曲でもうぼろぼろ。星を観るよりももっと違う、見上げる気持ちを見るような感覚で、やっぱり泣く。最後の曲なんて、何度なぐさめられたことでしょうか。よく聴いて見上げていた空はアメリカだった。観える星の形は違っても、見上げる人の気持ちは同じかもしれないなぁ。よろよろと外に出て、なんとか歩いていたら福岡のお友達からメールもらって立ち上がれず。場所は違っても同じ気持ちをわかちあえる人がいるから、なんか嬉しい。

時間が足りずに写真展はあきらめて版画展へ。寝不足&激しい3D酔いにフラフラで歩いて、版画展は黄色がきれいだったな。近くで見る表情と離れて見る印象が全く違って、激しさの中にある静けさ。遠くから一瞬で引き込まれるその世界。友達のプレゼントに絵はがきを買いました。

それから友達とごはん。またまた!マトリョーシュカグッズもらってしまいました。マト子さんも喜んでいます。モンゴルに行った写真と土産話。少しずつ大人びた顔になった子供たち、産んでも育ててもないのに、成長を見れるなんてほんといいとこどりだよな~。どんな素敵な女性に男性になっていくんでしょ。その一人の笑顔がどれだけの里親さん達を喜ばせるんでしょうか。あたしも友達もまだ里親にはなってなくて、何故かは聞いたことがないけど、たぶん同じ理由。 絵はがき渡したら「こないだこの方の切手を使ったばかりだよ」って。水面下でつながっていることがぴょこっと顔を出すときって嬉しいな。くすぐられている感じ。

1日でモンゴル、沖縄、宇宙、そして自分自身を旅したような気分で眠りにつきました。。
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by midoleeloo | 2009-06-22 11:53 | 徒然なる日々

パンドラの匣

そのハコを開けるとありとあらゆる災疫・災害が飛び出してくる。最後の最後に出てきたものが『希望』というハコ。

『うわぁ希望!!…いうてる場合かっ!最後が希望って…そもそもなんで開けたんや…』と思ってました。

ところで「過去は変えられる説」にあたしは賛成派です。あと、過去を応援することはできるか…つまり影響を与えることはできるかについても。毎日が押しても引いてもどうにもならないように感じていた時、それでも心のどこかで後押ししてくれる力を感じていました。それが自分だと気付いたのは数年後、瞑想をしながらその頃を思い出していました。その場面を上から見ていて、『大丈夫。大丈夫だから』って、この気持ち、あの時と同じ色。

ゲリー・ボーネル著の『新次元の叡知』の一節に「過去は、未来ともども、単なる可能性にすぎない」とあります。今、記憶している過去だって、ある一面のみから覗き見た感情の残像かもしれません。よく『あの時があったから』って言うように、今の見方が変われば過去も変わる…そんな風に思います。

自分自身と向き合うことはパンドラの匣を開けることと似ています。魂の本質を探すことにも似てるかな。多くのフェイクを交わしながら真実の光を探し出すという…。
見ないふりをすることもできるし、開けなければよかったと思うこともあるでしょう。だけど最後には必ず宝が見つかる。ハコごと捨てちゃえば簡単なんだけど、学びも捨てちゃうからもう一度なんて避けたいしね。ハコは仕舞いっぱなしにするものではないし、『匣』という字からして開いてるから、永遠に溜め込んでおくなんてできない。
マトリョーシュカみたいに入れ子になってることもあって、『もういい加減にしいや』と思ったことも。
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by midoleeloo | 2009-06-08 22:44 | 徒然なる日々

師匠はずっと師匠か

大昔の師匠は今も師匠なのだと思います。年に一度くらい会い、成長度合いの検査を受ける…最初は『死ななくてよかったね』って言われたんだった。


こないだ師匠と会った時に、『今日は心を開いてるからわかりやすい』と言われ、時に苛立ち『もううるさいなあ』と思ってたこともばれていると知りました。
今のあたしは何もないんだとか。でも、その状態でいいのか、何もない幸せを受け取るのに慣れていないんだとか。

なにかその時はおかしかったと思います。ある方向へ導かれるように会話が進んでいく。
『最近は躊躇がなくなってきて、簡単にわかるようになってきたよ。それって自分を信頼しはじめてるのかもしれないな』と私。

『こんなに簡単にわかるはずがないと思ってるんだよね。だからこねくりまわしてる』と師匠。

ただこの関係は一方的ではなく、相互に影響を与えあっているので師匠の迷っていることも感じる。

『伝え方ってあるでしょ。個人に沿った言い方ってあるじゃない?私はそれをいつも探しているなあ…』

師匠は黙っていました。そして…

『…俺、これを言ったら死ぬかもしれない』と伝えてくれた奥義。

この奥義を師匠が実感するように今日は導かれていたようです。

個人特有の、その人にしか効かない言葉があるらしい。それを師匠は今、見つけたらしい。
『どんな言葉』『どうやって』と質問しましたが『そんな質問は無意味だ』と。
『意味としてはまんまの意味なの?日本語なの』
英語だったらしい。枠が広がったな。いつか見つけられる日が来るのかなー年末の検査までに見つけられるといいなあ…。
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by midoleeloo | 2009-06-08 22:43 | 徒然なる日々

今年初のライブ

5月21日のイベントは、20周年のお祝いです。今年初のライブだーー。去年は4月の終わりが初ライブで、「ほんとに実在するんだな~」って思ったんだった。もう、去年のことなんて遠すぎて覚えていない。およそ5ヶ月振りのライブは席が遠くてよく見えず、ふわふわ夢心地。年末ガンガで終わったこの場所で、ブームでスタート。赤い羽協同募金のCMが、感慨深い。中坊だったあたしの先見の明、ほんとに尊敬する。曲の合間に水をごくごくと飲んでいて、あの歌が流れたときは軽いパニックで。ブームバージョン聴くの初めてだから、こんなところにも出くわすんだなーって他人事に感じながら全然入ってこなかった。何度も言うけど遠かったのであたしにとっても試運転って気がしました。

23日は行く予定のなかった大阪野音へ。インフルエンザが一番話題性が高い時で、誰にも内緒でこっそり行こうと。ただ一人友達に伝えたら、『株主優待券があるの』って、ぐいぐい後押ししてくれて心強かった。またカレー食べちゃった。エビカレー、おいしんだ。大阪に来たときの楽しみ。会場は空はきれいで、鳥も飛行機もうるさい鳥も翔んで、笑いあり涙あり、新旧織り交ぜたいろんな感覚がありました。曲の一つ一つで段々とブームになっていく・・・そんな過程をみているようで、ちょっと寂しくもあったり。だけどそれを「決意」と表現して、先に進むためにたくさんのものを手放す。気に入っていても、今までは一緒によりそっていてくれていても、今の道で使えないのであればそれはただの荷物に過ぎない。どうしようもなくなってから捨てちゃうのではなく、今のうちに手放す。。。そして、誰かの荷物を持ってあげるのかもしれない。CDでは何度も何度も聴いた歌を始めて生で聴く。こんな青空の下であの歌を聴く。これからも新しい息吹が吹き込まれて、新しい歌に聴こえる。
帰りのバスでは、「ラヤララ」が歌えず、「君ができないならいつまでも歌えないよ」と言われ半泣きで練習する夢を見てうなされた。何度CDを聴いてもわからない。たぶんこんなにもできないことは絶対できない。夢に見るくらいだもん。

それから1週間、30日に日比谷へ。雨が心配。雨をやますスペシャリストにお願いしたら、結果ほとんど降らず。ゆっくりじっくり聴こうと決めていたのに、ほとんど記憶がなくアンコールまで。この曲がこのテンションでくるから、記憶に波紋が広がって揺さぶられる。あたしもあんなに楽しく「過食症・・」歌いたい!とか、こんな風に世界を眺めてみたいとか。「ただ楽しいだけの歌はひとつもない。哀しいこともあるけど、一歩でも進んでいこうとする歌ばかり」だ、と。今まで何歩背中を押してもらったんだろう。今日、同じ歌を歌っていた人たちと出会わせてくれたこと。きっと同じ体験は二度とできないけれど、もっといいことがある。ここ数年はそうだった。さらにさらに上があった。どんどん窓が開いていった。今日の記憶も何度も何度も見せてもらうことにしよう。
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by midoleeloo | 2009-06-01 23:16 | 素敵なこと